立板三 様がPixivに掲載された【次に交わす言葉のために】。
郡 新選手が親善試合として参戦したネクドリに本格参戦するまでのエピローグです。

この度、その絵や小説をこのBlogへの転載する許可を頂きましたのでお届けします!

※絵はAI生成です。小説はAI生成ではありません。

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次に交わす言葉のために

第二話 先に行く者、後に残される者

トレーニングフロアの掲示板の前には黒山の人だかりができていた。 熱気と汗の匂いが充満する空間に場違いなほどの動揺が広がっている。

「……え、郡が?」
「嘘だろ。ネクサスドリーマーズ? あの若手育成の団体か?」
「左遷じゃねえよな……? 最近調子良かったのに」

ざわつく声の中心には無機質な紙が一枚。 四隅を磁石で留められただけの辞令が冷淡に事実を告げていた。

人事異動社内通知書

チームブルーリヴァイアサン所属 郡 新

友好団体ネクサスドリーマーズへの出向を命ず

以上

簡潔すぎる文字列。 郡新はその紙を一瞥しただけで通り過ぎる。

(やはり張り出されたか)

内容自体に驚きはない。 あの重厚なオフィスで竹中から直接聞かされていたことだ。 覚悟も納得もすでに済ませている。

郡は表情ひとつ変えずタオルで首元の汗を無造作に拭うとそのままマットへ向かった。 周囲の視線が突き刺さるのを感じるが意に介するつもりはない。

「……普通に練習するのかよ」
「当人だよな? あれ」
「メンタル強すぎだろ」

背後で交わされる無遠慮な声を意識的に切り離す。

今さら反応する意味などなかった。 自分にとって重要なのはこれから始まる新たなステージへの準備だけだ。

身体を動かし呼吸を整え次の試合に備える。 それがプロレスラーとして今の自分のやるべきことの全て。

――周囲が騒ぐのは勝手だ。

数日後もその姿勢は変わらなかった。 試合に出て勝っても負けても淡々とリングを降りる。 まるで何も起きていないかのように。 周囲が抱く「左遷された哀れな選手」というレッテルを無視し続け、郡はただ己の役割を全うしていた。

その日の試合を終え郡は控室へ戻る通路を一人歩いていた。 耳の奥にはまだ観客のざわめきとゴングの残響がこびりついている。 疲労が心地よく筋肉を蝕む中、背後から急迫した足音が近づいてきた。

「新さん!」

鋭い声が背中に突き刺さる。 立ち止まり振り返るとそこには佐伯瑛太が立っていた。 肩で息をしており明らかに全速力で走ってきた様子だ。 試合着のままで滲む汗も拭っていない。

「……どうしましたか」

郡の声は普段と変わらず平坦だ。

「どうしました、じゃねえっすよ!」

佐伯は苛立ちを露わにし一歩距離を詰めた。 射抜くような瞳には怒りと、それ以外の何かが混ざっている。

「あの通知だ。掲示板に出てるやつ。あれどういうことすか!」
「そのままの意味ですが」
「とぼけんじゃねぇ!」

佐伯の眉が吊り上がる。 感情を制御できていない。

「他の団体に行くってことだろ。ネクサスドリーマーズだぞ。戻ってくる保証はあるんすか!? このままフェードアウトなんてさせねぇぞ!」

郡はしばし黙ったまま佐伯を見下ろした。 その視線に責める色はない。

ただ興奮する獣をなだめるような冷静さで状況を測っているだけだった。

「派遣です。出向するだけですよ」
「同じじゃないすか」
「違います」

即座に否定する。

「所属はWWEPのままです。あくまで一時的なものです」
「……それでも」

佐伯は唇を噛みしめた。 悔しさが滲む表情。 彼は一度言葉を飲み込み、そして絞り出すように言った。

「俺は聞かされてねえっすよ」

その言葉に郡は小さく息を吐いた。 面倒だと思ったわけではない。

ただ佐伯の抱く感情の重さが予想以上だっただけだ。

「佐伯くんに事前に報告する義務は、僕にありません」

冷たいと言われても仕方のない言い方だった。 だがここで変に期待を持たせたり曖昧に慰めたりする方が残酷だ。 プロの世界に私情は不要。 そう言い聞かせている。

「それって」

佐伯の声がわずかに震えた。 怒りよりも深い喪失感がそこにはあった。

「……俺を置いていくってことすよね」

周囲に人はいない。 無機質なコンクリートの通路に二人きり。 この言葉は完全に個人的な感情の発露だった。

「……」

郡は即答しなかった。 佐伯の視線の奥にある熱を見誤ってはいない。 憧れか執着か。 あるいはもっと別の名前がついた感情か。 だがそれを受け取る準備は今はない。

「佐伯くん」

静かに、だが明確に線を引くように告げる。

「僕たちは別に恋人関係などではありません」

水を打ったように佐伯の目がわずかに見開かれた。 思考が停止したような空白。

「……は?」
「それを前提にした話をされるのは困ります」

郡の声は終始落ち着いている。 感情をぶつける気配は一切なかった。 事実を事実として述べる事務的な響き。

「じゃあ……あの試合は何だったんすか!」
「ただの試合です」
「嘘だ! 俺があんたを、いや、あんたも俺の事を――!!」
「それ以上は言わなくていいです」

郡は手のひらを向けてはっきりと遮った。 これ以上言葉にすれば戻れないところまで踏み込んでしまう。

「誤解は今のうちに正しておきたい」

佐伯は言葉を失ったまま立ち尽くす。 握りしめた拳が白くなっていた。

「出向はキャリアの一部です」

郡は視線を佐伯から外し、淡々と続けた。

「左遷でも逃げでもありません」
「……だったらなんで」
「今の僕には必要な事だからです」

それだけだった。 理由は語らない。 語る必要もないと判断している。

「君が心配することではありません」

郡は踵を返し控室の扉へ向かう。 これ以上の問答は無意味だ。

「待ってくださいよ、それどういう意味すか!?」

背後から食い下がる声が響く。 悲痛な響きを背中で受け止めながら郡はドアノブに手をかけた。

「いずれ分かりますよ」

振り返らずにそれだけ告げた。

重い金属扉が閉まる音がやけに大きく響き渡り、二人を物理的に分断する。

通路に残された佐伯は拳を握り締めたまま動けなかった。 行き場のない感情が胸の中で渦巻いている。

(……何がいずれ分かる、だよ)

置いていかれる感覚だけが胸の奥に棘のように残る。 突き放された痛み。 だが郡の最後の言葉が微かな違和感となって引っかかっていた。

それがただの自分の思い込みなのか、それとも――。

答えはまだどこにもなかった。 ただ冷たい通路の空気だけが佐伯の熱を奪っていくようだった。