立板三 様がPixivに掲載された【次に交わす言葉のために】。
郡 新選手が親善試合として参戦したネクドリに本格参戦するまでのエピローグです。
この度、その絵や小説をこのBlogへの転載する許可を頂きましたのでお届けします!
※絵はAI生成です。小説はAI生成ではありません。
次に交わす言葉のために
第一話 出向辞令 上

乾いたノックの音が静寂を破る。 自分の拳が扉を叩いた音だというのに、やけに大きく響いた気がした。
「失礼します。ブルーリヴァイアサン所属郡 新です」
返事はない。 だが中に人がいる気配は扉越しにも肌へ伝わってくる。 郡は背筋を正し数秒の間を置いてからドアノブに手をかけた。 冷たい金属の感触が掌に吸いつく。
「入りたまえ」
低く、それでいて腹の底に響くような落ち着いた声だった。
重厚な扉を押し開ける。
そこはWWEP本社の最上階に位置する取締役オフィスだ。 足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。 広い空間の中央に鎮座する黒檀のデスク。 その背後のガラスケースには歴代の王座ベルトが整然と並べられている。 研ぎ澄まされた照明に照らされ、黄金と革が静かに、だが強烈な光を放っていた。
プレッシャーが郡に向けられる。
肌が粟立つような感覚。 それは部屋そのものが持つ格式のせいではない。 デスクの向こうに座る男の存在感が空間を支配しているのだ。
竹中康介。 現WWEPワールドヘビー級王者。 そしてこの巨大組織WWEPを統べる取締役の一人。
「赤き覇王」の異名を持つ男は書類に目を落としたまま郡を一瞥もしない。 ページを捲る指先の動きすら威厳に満ちている。
「……そこに座りたまえ」
「はい」
促されるままデスク前の革張り椅子に腰を下ろす。 無意識に背筋が伸び太腿の上で拳を握り締めている自分に気づき、郡は内心で自嘲した。 リングの上でもこれほど緊張することは稀だ。
(呼び出し、か……)
脳裏をよぎるのは不安ばかりだ。 叱責か。注意か。 あるいはもっと決定的な宣告か。
数秒。 いや十秒ほどだっただろうか。 重苦しい沈黙が続く。 その間竹中は一切顔を上げない。 書類をめくる乾いた音だけが規則正しく鼓膜を叩く。 空調の微かな駆動音さえ耳障りに感じるほどの静寂。
やがて竹中はようやく顔を上げた。 射抜くような鋭い視線が郡を捕らえる。
「待たせたね。君の最近の試合は、全部見ているよ」
唐突な切り出しだった。
「はい」
短く返すのが精一杯だった。 それが評価なのか、あるいは解雇への前置きなのか判断がつかない。 喉が渇く。
「郡 新くん。君はデビューして三年か。技の習得が実に早いようだね。特に相手の攻撃に合わせてカウンターを撃ちこみ、試合の主導権を奪う動きがいい」
郡の胸がわずかに波打つ。
カウンター。 相手の攻撃を受け流し、あるいはその勢いを利用して瞬時に反撃へ転じる戦術。 単純なパワーではなく一瞬の判断と技術を積み重ねる戦い方だ。 自分のスタイルを王者が認識していたことへの驚き。
「ありがとうございます」
形式的な返答をしながらも内心では安堵の息を漏らしていた。 少なくとも呼び出しの理由が素行不良や問題行動の追及ではないらしい。
「ただ」
竹中が言葉を切る。
空気が再び張り詰めた。
「今のWWEPのリングは、君にとってどうかな?」
一瞬問いの意図が読めず思考が止まる。
「……どう、とは」
「主流のスタイルのことだよ」
竹中は椅子に深く身体を預け腕を組んだ。 スーツの上からでもわかる分厚い胸板と丸太のような腕。 現役王者としての説得力がそこにある。
「WWEPではプロレスと総合格闘技であるMMAとの融合を掲げているが、実際のところ体格とパワーで押し切る選手が多い。それ自体、悪いことではない。迫力ある試合が演出できることで観客にもわかりやすいし、団体としてのカラーになっている」
郡は黙って言葉を飲み込む。 王者の分析は的確だった。
「だがしかし、今の君のスタイルはそれに噛み合っているかな?」
真正面からの問い。 逃げ場のない質問だった。
郡はすぐに答えられない。 視線をわずかに落とす。
(噛み合っている……とまでは言えない)
そう痛感する場面は何度もあった。 圧倒的な質量の前に技術が無力化される瞬間。 パワーで押し潰されそうになり、必死に抗いながらも決定打に欠ける試合。 評価されていないわけではないが勝ち切れないもどかしさ。 それは常に郡の胸に棘のように刺さっていた。
「……正直に申し上げるなら、まだ模索中です」
選んだのは曖昧だが嘘ではない答え。 竹中は小さく頷く。
「そうだろう」
その一言に否定の色はなかった。 むしろ理解者のような響きすらある。
「だからこそ君に話がある」
竹中はデスクの引き出しから一枚の書類を取り出した。 滑るように郡の前へ差し出される。 そこに記された団体名に目が吸い寄せられた。
「ネクサスドリーマーズ。君もよく知っているね」
「はい」
聞き慣れた名前だ。 WWEPの友好団体でありながら毛色は全く異なる。 スピードと緻密な戦術、そして純粋な技術評価を重視する団体。 以前開催された親善試合で郡自身も参戦し、手応えのある勝利を掴んだ場所でもある。
「先だって伝えた通り、ここに派遣選手として出向してもらいたい」
第一話 出向辞令 下
一瞬時間が止まった。 思考が真っ白になる。
親善試合終了後に、今後についての話があると竹中から電話で知らされてはいた。
しかしある程度予期していたとはいえ、直接言葉にされたことは郡に大きな衝撃を与えることになった。
「……出向、ですか」
「そうだ」
派遣選手。 所属はWWEPのまま一定期間別団体で試合経験を積む制度。 聞こえはいい。 だが業界の常識として別の言葉が脳裏をよぎる。
左遷。
「それは……僕が、WWEPの選手としては期待されていないということなのでしょうか」
恐怖が口をついて出た。 思わず率直に聞いてしまっていた。 このままフェードアウトさせられるのではないかという疑念。
竹中の視線が真っ直ぐに郡を射抜く。 そこには揺るぎない意思が宿っていた。
「逆だよ」
即答だった。 迷いのない声色が郡の不安を断ち切る。
「今のWWEPの環境で、君という選手を消耗させるつもりは私にない」
竹中はゆっくりと言葉を選ぶように続ける。 まるで郡の魂に刻み込むかのように。
「今のWWEPでも君の選手としての実力は確実に評価されている。ただこれから先も、プロレス選手としてのキャリアを伸ばしていける環境かどうかとなれば、話は別だ。このまま今の環境に埋もれさせるには惜しい才能だと私は判断した」
郡の胸の奥がざわつく。 熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「ネクサスドリーマーズは若手育成のために創設された団体だ。育成に熱心な環境であり、様々なタイプの選手が在籍している。君の武器である技術と判断力がより鮮明に輝く場所だ」
「……戻ってきた時は」
「もちろん戻ってきてもらう。我が団体期待の若手を、他所の団体に差し上げるつもりは私にはないよ」
竹中はわずかに口角を上げた。 その表情に初めて「王者」ではなく「指導者」の顔が覗く。
「その時、君がプロレス選手としてどれだけ成長しているか。それが重要だ。WWEPのスタイルに迎合するのではなく、君のスタイルでWWEPを飲み込むほどの強さを身につけてきてほしい」
命令ではなかった。 未来への選択肢だった。
「すぐに答えを出さなくていい。数日考えてから答えを聞かせてくれ」
郡は深く頭を下げた。 先ほどまでの恐怖は消え、代わりに重い責任感と使命感が肩に乗る。
「……ありがとうございます」
立ち上がり退室の準備をする。 足取りは入室時よりも確かだった。
ドアノブに手をかけた郡の背に竹中の声がかかる。
「あぁ、それから」
「……はい?」
まだ何かあるのだろうか。 怪訝な顔をして郡が振り向くと、竹中が悪戯っぽさを含んだ微笑を浮かべていた。
「先方から申し出があってね。君ともう一人、タッグを組める選手も派遣してほしいという希望が出ている。人選が済み次第、君の他にもう一人ネクサスドリーマーズに出向してもらう予定になっているのだが……」
竹中は指を組んで郡を見据える。
「君の方でタッグを組みたい選手はいるかな? 可能な限り希望に沿うよう調整してみるよ」
「それでしたら一人、お願いしたい選手がいます」
「ふむ。その選手の名前は?」
「それは……」
郡の脳裏に一人の顔が浮かぶ。
郡はその選手の名前をはっきりと口にして、竹中の執務室を後にした。
廊下に出た瞬間、郡は胸に溜まっていた息をすべて吐き出した。 張り詰めていた糸が緩み、膝がわずかに震える。
(怖い。でも――)
同時に胸の奥へ確かな熱が灯っているのを感じる。 それは恐怖を凌駕する昂揚感だ。
新天地での興行に胸の高鳴りを感じてもいる自分がいた。 ネクサスドリーマーズにはWWEPとは違う層の猛者たちが集まっている。 彼らと肌を合わせ、技を競い、試合を重ねることはプロレスラーとして大きなキャリアになるはずだ。
自分のプロレスがどこまで通じるのか。 そして誰と共にそこへ挑むのか。
新たなる決意を胸に、郡新は顔を上げた。 窓の外には冬の澄んだ空が広がっている。 彼は新年を迎える準備へ向けて力強く歩き出した。